波動の力を使って望む現実を創ってみませんか。
(竹下登美子の波動体験談)
夢を実現できる人、できない人がいるのは何故?
やりたい、やりたいと思っているのに出来ないのは何故?
やめたいのにやめられないのは何故?
そう、多くの方が、自分の可能性を抑圧し、やりたいことは先延ばし、やめたいと思っている悪習慣をやめられずにいるのです。私もかつては矛盾、葛藤、自己嫌悪、苛立ち、焦り、怒り、もろもろの不快な感情を持ちながら不自由に生きていました。
かつての自分は、表面的にはポジティブに振舞っていましたが、内心では心配症で小さなことにくよくよ思い悩み、いいたいことが言えない、人の言動に左右され、主体性がなく自信がもてない・・・。
そんな矛盾だらけの弱い自分が嫌いで変わりたいと思っていました。
波動との出会いが運命を変えた
私の過去を振り返って見ると、転機とも言いえる出会いがいくつかありますが14年前にIHM総合研究所の江本勝所長との出会いによって、波動の世界を知りました。それは水が人のマイナス波動を消すという、常識ではありえない世界に出会ってしまったのです。
波動と出会ったおかげで、自分の弱点であったマイナス感情が少しずつ消えていき、自分に素直になり、伸び伸びと自然体で大らかに生きられるようになりました。
波動測定や波動水の力については、現代の常識を超えた概念ですが、そのことを受け入れるベースは20代のころに形成されていました。20代前半から成功哲学、心理学、自己啓発、ヨガなどに興味を持ち、自分を成長させようと努力をしてきました。27歳の時、鞭打ちがきっかけとなり、自律神経失調症になりました。
その当時、整形外科、針、整体、マッサージと、身体が元のように元気になれるのであれば、何でも良いと思って受けていきました。1ヶ月の費用が25万もする能力開発セミナーに4ヶ月間通い続けたこともあります。その当時のお給料をはるかに越える出費で、少ない貯金をつぎ込んでいきましたので常に金欠病になっていました。
葛藤を乗り越えて・・・
けれど、身体が最優先と判断し、とにかく体調がよくなると聞いた方法は手当たり次第やっていきました。その甲斐もあり、3年ぐらいで体調が整っていきました。病気が治ったのは良かったのですが、その当時の仕事は単調な営業事務でしたので、将来性がなく、明るいビジョンがもてない現実に苦しみました。 自分はもっと自由に自分らしく生きていきたい!という強い気持ちが常にありました。けれど、どんなことが向いているのか、少ないリソースでは自立して生きていくこともできず、少ない人生経験の中では何をしたら良いのかわからないで悶々と悩みました。このままでは時間だけが過ぎて、おそらく何年働いても自分が望む現実は創れないということだけわかっていました。
健康を取り戻せたので会社を辞めても、何とか生きていけると思う気持ちと毎月、40時間の退屈な時間さえ我慢すれば、安全な生活が手に入る・・・・
この葛藤は、1〜2年続きました。
波動の会社に転職してびっくり
そして、悩んだ末に会社を辞めるという決断をしました。最悪でも生活費を捻出するためにアルバイトすれば良いし、いざとなれば何でも出来る、けれど、組織の枠組みにいると色々なしがらみを背負ってしまうので、スパッと辞めなければ、動けないと思っていました。そして、怖さはあましたが、一旦、社会人としての拠り所を手放し、どこにも所属していない位置に立ってみたくなったのです。
その決断をしてから一ヶ月と経たないうちに、波動の会社(IHM)の社長さんから「うちの会社で働いてみませんか」という声がかかりました。まだ、会社の引継ぎを行っている期間に次の道が決まりました。
その完璧なタイミングに驚きました。その体験を通して現実を手放したことで新しい現実が入ってくるのだと学びました。そして、波動の会社に入ってから、今まで経験したことのない編集・セミナーイベント企画・集客・会員管理、しかも、責任者という立場として迎えられたのです。普通の営業事務しかこなしていなかった私としては大変なプレッシャーです。 指導してくださる先輩もいない環境で、やったことのない大事な仕事を任せられましたので、とにかく書籍や友人、知人に聞きながら、手探りでこなしていきました。
入社した当時は、否定的、不安、パニックなどの波動が検出されましたが、それらのネガティブ感情を消す波動水を飲むと、不思議と不安や否定的な感情が止まり、前向きにとにかくやってみようという気持ちに変わっていきました。
また、当時この会社では、様々な問題を抱えた人々が波動カウンセリングという、その人の波動を測定して、ぴったりの波動水を作るというサービスを受けに来られて、ずいぶん先まで予約が一杯という状況でした。そして、がんや難病の方が本当によくなってしまうのをたくさん見てきました。
その当時、MRAという装置を使って波動を測定し、波動水を作る仕事をしていた社員は、MRAオペレーターと呼ばれていましたが、その中で私が最も信頼を寄せていたのが、現在のパートナーの鈴木清和でした。
HBIで波動カウンセリングガ復活
さらに夢の実現に向けて、この波動の会社(IHM)を退職し、HBIを設立したのですが、その過程でも様々な心の壁を乗り越える必要がありました。その間もずっと波動水を飲み続けました。
こうした思い入れがあったので、HBIでも波動水を扱い続けました。そして、いまから2年前、MRAをさる所有者から譲り受け、HBIで波動カウンセリングガ復活したのです。今でも、波動水やそ のほかのサポートによって、さまざまな問題を抱えたかたがたが元気に、健康になってゆくさまを日々見守っています。
波動水の存在は、私の出来ないを出来るようにどんどん塗り変えるサポートをしてくれました。同様に多くの方々の健康をサポートしてきました。感謝です。
波動カウンセリングに興味のある方は、右写真をクリックしてください。
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